二章  First Date 出会い1

2019年10月04日

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今から二年と六カ月前、シルバー・シャトーの総裁シャノン・ギルツェンは、ガルテルス・シティの支配者の娘と婚約した。
シャノンは総裁になって一年もたっていなかったが、その政治的手腕を知らぬ者はな かった。若くして…、いや若すぎる統治者と言ったほうがふさわしかろう。
ガルテルス・シティの支配者は、結婚を機にシャトーを手に入れんともくろんでいた。その布石として、暗殺者が用意された。婚約中に闇に葬ってしまおうというのだ。それはごく限られた人間しか知らなかったが、娘のボディ・ガードとして雇われているランドルフ・グラントがその任務遂行を担っていた。
娘のほうはそんな父の思惑などつゆ知らず、シャノンに夢中だった。自分は、シルバーシャトーの総裁夫人になると信じて疑わなかったからだ。
シャノンから見ればそれは正しい未来だった。シャノン自身、この結婚を政治的手段の一部としか見ていなかったからだ。彼は、ガルテルス・シティを欲したのではなく、その膨大なデータバンクを抹消することに目的があった。
ガルテルスのデータ・バンクの情報量はラファルグで五指に入っただろう。各シティの軍事・行政データはもちろん、アンチルージェのシティで行われている実験データ、その実験に携わる科学者たちの名簿、シティ間の闇援助の詳細、派閥の力関係にいたるまで様々なデータが収集されていた。そしてそれらがなければ、何の魅力もないシティとも言えた。腐敗しきった政治、犯罪と貧困で弱りきった社会、活気のない人民。
根底からシステムをくつがえさぬ限り、未来を閉ざされた状態にあった。泥沼のようなクーデターが起こるか、もしくはほかのシティに侵略されて占領されるのがオチだろう。妻にデータを抹消させ一からガルテルスを創ることが、シャトーの総裁の最大の目的だった。システムさえ整えば、それなりのシティになるはずだ。

さて、この結婚は表向き同盟を結び、姉妹都市になるにすぎなかった。お互いのシティには一切の干渉をしないという、妙な条件が第一優先とされたのである。
傍目には、この婚約は久々の騒ぎだった。母親に似たのであろう娘は、美人という形容よりも可愛いという形容がぴったりで、また、過保護な純粋さゆえの無邪気さがそれに花を添えた。それに貴公子のごとき気品と美貌と、統治者としての才を兼ね備えたシャノンが並べば、誰しもお似合いのカップルと見たであろう。
活気のない人々の間にも、二人を祝福する浮かれたムードがそこはかとなく漂った。
そんな浮かれた雰囲気など一顧だにもせず、ランドルフは雇い主の意向通り、シャノンを消すチャンスを伺っていたが、シャノンの傍らにはいつももの静かなクラウゼ・サラディンがいた。そして、クラウゼはよく
「不死身のランドルフと呼ばれ、狙撃手として名を馳せる貴方としては、ボディ・ガードなど退屈でしょう?」
と言った。そして、意味有りげな笑みを浮かべるのである。お前のしようとしていることはわかっているぞと言わぬばかりに…。
この頃から、ランドルフはクラウゼが苦手だったが、シャノンには人間的に惹かれる何かを感じていた。娘に合わせて、恋人ごっこをしているような人のいい青年がシャノンの姿とは、微塵も思わなかった。もっと奥の深い、ランドルフをゾクゾクさせるような魅力を持っていると確信できる何かがあったのだ。
結婚が近づくにつれ、ガルテルス・シティの支配者はランドルフをさしおいて、次々と暗殺者をシャノンのもとに送り込んだが、ことごとくクラウゼに闇へ葬られた。クラウゼは補佐官としての頭脳面はもちろんのこと、ボディ・ガードとしての腕も超一級のものであることを無言のうちに証明したのである。
ランドルフのボディ・ガードとしての契約は結婚式前夜までだったが、この頃にはシャノンの暗殺は不可能なものと、半ば本気で思っていた。もっとも、個人的にはとっくの昔に暗殺する命令を幾度となく無視し、そんな意志もなかった。
それが決定的になったのは、ガルテルスの支配者が自分をさしおいて、つぎつぎと暗殺者を送り込んだことにある。この時点で、雇う者と、雇われる者の信頼関係は切れたのだ。少なくともランドルフのルールでは、命令を無視してもかまわないということに相当した。娘のボディ・ガードを続けただけでもありがたく思えというのが、彼の心境だったのである。
結婚式はガルテルスのクラシカルなホールで行なわれることになった。およそ一千名を収容できる天井の高いホールに、ガルテルス政府の要人たちを中心として五百名が招待され、後日に盛大な披露パーティーがシルバー・シャトーで開かれる予定になっている。
当日シャトーのメンバーは会場に遅れがちで、その場にいたのは花婿とその補佐官だけだった。
そして、そのときのクラウゼの言葉がランドルフの心を決めることになったのである。
「あんたはどう思っているか知らんが、あんたの主人はこんなシティのために結婚すべきじゃないな」
ランドルフは契約が切れたものの式に参列するつもりで、がらんとしたホールの椅子に座り、前の座席に足を高々と乗せていた。もう三十分もすれば、ガルテルスの幹部の面々がここを埋めるであろう。
公式用の白い軍服に身を包んだクラウゼは、つまらなさそうに喋るランドルフの方を振り返った。
「初めて意見が合ったようですが…、残念ながら、もうタイムリミットです。あと一時間もすれば挙式ですよ」
彼はそう言うと、静かにドアを閉めて出て言った。
「一時間もあれば、じゅうぶんだぜ、クラウゼさんよ」
ランドルフはそうつぶやくと、楽しそうな笑みをうかべて素早い身のこなしで立ち上がった。

一方、花嫁の父でもあるガルテルスの支配者は、いたって不満そうな顔つきで自室を歩きまわっていた。シャノンの暗殺失敗に、この上ないイラだちを隠しきれない様子だ。
そこへ、何も知らぬ部下の一人が、祝いごとにふさわしい晴やかな表情で入ってきた。
「どうした?」
「さきほどから、シャトーの出席者の皆様から、会場に近寄れぬという通信が相次いで入っておりますが…」
「どういうことだ? 一般民の車両のせいか?」
「そこまではわかりかねますが、シャトーからのルートがすべて渋滞しているようです」
「それで?」
「挙式には間に合わぬかもしれないと…」
その言葉に、花嫁の父はしばらく黙り込んだ。
「挙式の時間を遅らせるように指示いたしましょうか?」
当然の処置として、部下は提案したが、ガルテルスの支配者は頭を横に振った。
「シャトーからは、ナンバー2のクラウゼ・サラディン殿がすでにおられるではないか」
「しかし…、他の幹部の皆様方もご出席なさるのが当然かと思いますが」
「祝いごとは、始める予定をのばすと、あまりいい気がせんものだ。ましてや、娘の晴れ舞台。空席が目立つようなら、ガルテルス側からの出席者を増やせばよい。式の後のパーティーの頃には、シャトーの方々もお着きになるだろうからな」
彼はそう言うと、好々爺のような笑みを浮かべて部下を下がらせた。
彼の頭には、シャノン暗殺の絶好のチャンスだという考えがよぎった。いくらクラウゼといえど、挙式中の花婿を銃弾からは守れまいと。
そこで、再びランドルフを呼びつけた。
五分程して、ランドルフは心にもないすまなさそうな表情を精一杯つくって、部屋に入ってきた。
「すみませんねぇ。暗殺に失敗しまして…」
「いや、チャンスはまだある。今まで、クラウゼにことごく邪魔されたが、絶好の機会が巡ってきたぞ」
「はあ…。しかし、俺との契約は昨日まで。ましてや、俺以上の腕のスナイパーをもう幾人も送り込んでおられるでしょうに」
ランドルフは、相変わらずすまなさそうな表情と声の調子で、強烈なイヤミを言った。さすがに相手もそれに気付いたのか、きまり悪そうに咳払をひとつする。
「君が優秀なスナイパーであることは重々承知しているよ。だが、娘のボディガードもかねてもらっていたから、手が回らなかったのではないかと思ってね」
「はあ。ま、俺はシャノンの暗殺に失敗した奴ですからね。それほど優秀でもありませんよ」
「それは、クラウゼが始終そばにいたせいだ。君のせいではない。そして今、役者は揃い、舞台も最高の場所だ」
「挙式中に消せと?」
ランドルフは怪訝な表情で聞き返したが、相手はおのれの閃きに悦に入っている。
「その通り。幸か不幸か、シャトーからガルテルスに入る道路がひどく渋滞しているらしく、シャトーの幹部連中は式場に近寄れんらしい。今のところ、シャトー側の出席者はあのクラウゼだけだ。空席は、こちらの幹部でうめる。出席者の全てが味方だ。二人ぐらい難なく始末できよう」
「お嬢さんは、今日を楽しみになさってますよ。よりにもよって、結婚式中にやらなくとも…」
「それはわかっている。しかし、もうチャンスはそうそうあるまい。花婿なら、いくらでも候補者がいるがな」
ランドルフは複雑な表情で黙っていた。娘が花婿に夢中なことを承知で、挙式中に花婿を血祭りにあげろという父親の心境がわからなかった。もちろん支配者たる者、時として冷酷無比な決断ができねばならない。そしてその決断の時を見極める判断力が、支配者の器量を決める。
だが、今はその決断の時ではない。
ランドルフの目の前にいる男は暗殺をもくろむ狩人の側にいながら、精神的にはすでに追われる者の焦りがあった。暗殺というものは、衆人監視のもとで企んだのは自分だと見せびらかすものではない。たとえどれほどの疑惑が抱かれようと、真犯人は白日のもとにはさらされないのが常である。
にもかかわらず、彼はシャノンを殺したのは自分だと名乗るにも等しい、無謀な行動に出ようとしていた。目撃者がガルテルス側の人間になるとはいえ、その全てが彼の味方ではないことを完全に忘れている。そして、ことの全貌を見失ってしまう程に追いつめられている彼には、既に勝機がないことも、口先ほどもランドルフの腕を信用していないことも確信した。
たとえシャノンが死んだとしても、その後のシャトーを統治していくだけの器量を持ちあわせていないどころか、それ以前に総裁を殺された報復戦によってガルテルスの歴史はピリオドを打つだろう。
しばらくの沈黙ののち、ランドルフは
「わかりました。やりましょう」
とうなずいた。
ガルテルスの当主の顔が滑稽なほど生き生きと輝く。
「ただし、条件があります。俺のやり方に一切手出しをしていただきたくない」
「もちろんだ。全てを君に委ねる。こちらからは何も干渉せん」
「結構。そして俺の席はシャトー側の最前列に」
「わかった。そのようにとりはからう」
「では…」
ランドルフは軽く一礼すると、退室した。
シャトーのメンバーが到着せぬまま、式は今まさに始まらんとしていた。
シャトー側の座席はすでにガルテルスの幹部クラスによって大半が埋められている。
クラウゼはこの状況に多大な不信感をつのらさざるをえなかった。もともとガルテルスの支配者に対して信頼のカケラほども持っていない。いつ、新しい暗殺者を送り込んできたとしても不思議ではない。
それが今なのだろうか?
シャトーのメンバーの到着が遅れており、それを承知で挙式を強行した上に、空席をガルテルスの人間で埋める不自然なまでの手際の良さ。その上、クラウゼの隣はあのランドルフときている。すべてが暗殺のためですと言わんばかりだ。
だが、もし自分がガルテルスの支配者ならば、今の時は選ばない。目撃者は最小限で、シャトーからの反撃だけではなく、ガルテルスの内側の腐敗による共喰いからもおのれを守れる条件をそろえなければ、この暗殺は結局自分に敗北をもたらす。
常識的に考えれば、支配者として動く時ではないのだ。
クラウゼはガルテルスの支配者からランドルフに視線を移すと
「なぜ、あなたがシャトー側の席に、それもこんな前にいらっしゃるんです?」
と事務的な口調で尋ねた。
「コネよ、コネ。あんたの主人の晴れ舞台をよーく見たくてね。ガルテルスのおっさんに頼んだのさ。何せ、お嬢さんのボディガードを立派に勤めたっていう実績があるもんで。それに、シャトーの皆さんは遅れられているし、俺一人が前に座った所で、そう迷惑にもならんだろ」
ランドルフは心底嬉しそうに笑ってみせた。思わず信じてしまいそうなほど邪気がない。
「ほら、新郎新婦のご入場だぜ」
ランドルフは、神経質そうに何かを考えているクラウゼの肩をポンポンとたたいて、後ろを向くようにうながした。クラウゼがちらっとランドルフの表情を盗み見すると、あっけらかんとした表情でシャノンに見とれている顔が目に入ってきたので、自分も主人の方に目をやる。
最高級の純白のシルクに、金糸で豪華な刺繍がほどこされているショートジャケットのスーツに身を包んだシャノンと、淡い紫のドレスの裾と長いベールを床に優雅に波打たせ、手には色鮮やかなブーケを持った花嫁が並んで歩いて来る。
花嫁の表情は幸せに彩られ、まさに輝くばかりの美しさという形容がふさわしい。この日、この時だけの特別な美しさだ。そしてエスコートするシャノンは口許に穏やかな笑みをたたえ、花嫁と睦じげな視線を時おり交わしていた。
誰もがこの美しいカップルに親愛の微笑みを送り、心から幸せを祈った。花嫁の父すら、一瞬おのれ野望を忘れたほどである。
そんな時、割れんばかりの喝采の中をぬって、ランドルフがクラウゼに耳打ちをした。
「何があっても驚くなよ。あんた達の命の保証は、俺がしてやる」
クラウゼが驚いたようにランドルフを見た時は既にそしらぬ顔で、新郎新婦に無邪気な拍手を送っていた。ランドルフは無言のうちに一切の質問をシャットアウトしたのだ。
それを察したのか、クラウゼも言葉の意味を追及しなかった。
どうやら、不吉な予感が正しいと判断したのだ。ガルテルスの支配者は、してはならない決断をしてしまったようだ。
しかし、先日までシャノンの命を消すべくガルテルスに雇われていた男から命の保証をしてやるといわれたところで、それを素直に信じられる程クラウゼは愚かではない。むしろ、この男が自分たちの命を絶つ役目を負っていると考える方がもっともらしい。
では、なぜ自分が暗殺者の立場ではないとほのめかすようなことを言うのか…。
クラウゼが結論を出しかねている時、突然、爆発音と共に悲鳴が上がった。

 

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  • 筆者
    そにあ
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