一章 Meet Again 再会2
見上げるような威容を誇り、豪奢な装飾の屋敷の前に流線型のエア・カーが止まると、長い足を軽快に放り出して長身の男が降りた。それに続いて屋敷の若いあるじが車外に出る。
夜の闇に当主の純白のスーツが浮き上がり、冷んやりとした風が少しウエーブのある金の髪を舞いあげる。彼はスラリと背が高く、華奢で均整のとれたプロポーションをしていたが、先に車から降りた男は更に背が高かった。
短く切った漆黒の髪に、殆ど黒に近いグリーン・アイ。肩幅が広く、胸板も厚い。
日に灼けた浅黒い肌の下には、人工的にではなく、実践的によく鍛えられた筋肉があった。無駄な肉がなく、長身のためかすこしも不快な存在感を与えない。
目鼻立ちのはっきりとした中々の美男子である。袖のないシャツから出た両腕には所々に傷痕が見え、彼が多くの修羅場をくぐりぬけてきたことを物語っていた。
体にフィットした黒いレザーの服のせいか、夜はいっそう彼を闇に隠す。
男の方は巷で「不死身のランドルフ」と異名をとるランドルフ・グラント。腕は超一流のスナイパーであり、時として傭兵であり、そして悪運の強さと生命力の強さを味方としていた。
対照的な金髪の青年は名をシャノン・ギルツェンといい、若くして一大組織、『シルバー・シャトー』を率いる総裁である。
この外見も境遇も対照的な二人は、並んで屋敷の中に入った。ホールに人影はなく、吹き抜けになった高い天井からシャンデリアが包み込むような琥珀色の光を放っている。
ホールの正面にはなだらかな曲線を描いた手すりが上に延び、その階段の上の踊り場からふいに静寂を破ってもの柔らかな声がかけられた。
「お帰りなさいませ、シャノンさま」
「クラウゼ!」
シャノンは今までのランドルフに対する口調とはうらはらに、明るく弾んだ声で相手の名を呼ぶと、傍らの男の存在を無視して前に進み出た。
「あいつ――、まだいたのか……」
男はげんなりした顔でつぶやくと、シャノンの後に続くのを躊躇し一歩踏み出したにとどまった。シャノンはそんなランドルフにチラッと視線を走らせたが、そのまま階段を上がって行く。
「いつ、戻ったんだ? 予定より随分と早いじゃないか」
シャノンは傍まで行くと、自分より少し背の高い部下にそう言って微笑んだ。
「つい、先程ですよ。シャノン様こそ、カジノに出向いておられたとか?」
「ああ。あいつのせいだよ」
彼はそう言って、階下のランドルフを見やった。同じように視線を移したクラウゼの顔が曇る。そしてわずかに眉をひそめた。
「私の記憶が正しければ、ランドルフ・グラントのように思いますが?」
「正しいよ」
シャノンはきまり悪そうに溜め息をつくと、ランドルフに上がって来るようにとジェスチャーをした。
ランドルフは余り気が進まなそうに肩をすくめると、階段をゆっくりと大股で上がって来る。そしてシャノンの傍らに立つクラウゼに
「やあ」
と、力ない挨拶をした。
「壮健なご様子、何よりです」
クラウゼも、丁寧だが、感情的なものは微塵も感じさせない挨拶と笑みで答えた。
ランドルフは苦笑すると
「皮肉だな。あんたの部下の中でクラウゼは一番の切れ者だが、俺はこの世で一番苦手だぜ」
「誰にでも、一つぐらい弱みがあってよかろう?」
シャノンは少し意地悪そうに笑ったが、およそ、そんな気分ではなさそうな表情のクラウゼを見てすぐにやめた。
クラウゼはランドルフと同系色の髪と瞳をしていたが、クラウゼは濡れたようにしっとりとしたストレートの黒髪を背中までのばしており、瞳は深いが、澄んだ明らかなグリーン。
年齢的にもそう変わるまいが、これほど正反対の印象を受ける二人も珍しいだろう。ランドルフが動なら、クラウゼは静。そして、二人はお互いの存在を快いものとはしていなかった。
少しの沈黙の後、クラウゼが口火を切った。
「部屋をご用意いたしましょうか? お泊りになるんでしょう?」
「その必要はない。客ではないからな。そのかわりにデリッチ居住区のN71のキーを持ってきてくれないか?」
クラウゼはシャノンに軽く頭を下げると、ランドルフを一瞥してからキーを取りに行った。
クラウゼの後ろ姿を見送ってから、ランドルフは面白くなさそうな顔をシャノンに向ける。
「何だ? その顔は…。彼からイヤミを言われるのは私だぞ」
「だろうな。俺には皮肉しか言わん。会わずにすませようとは思うが、いつもあんたのそばに魚の何とかのようにくっついているからなあ…」
「ゾンビへの鬼門だ」
シャノンはさして面白くもなさそうにそう言うと、ランドルフをその場に残して自室に引き揚げてしまった。
ランドルフが天井を仰いで溜め息をついている所へ、クラウゼが戻って来る。
主人の姿が見えないので、いぶかしげに少し首をかしげながら、ランドルフを見た。
「シャノン様は?」
「さあ。俺を置いて消えたよ。あんたといったいどういう会話をしろというのかねぇ?」
「不必要な会話は無用です。特に貴方とは…。これが鍵とドアのコンピューター暗証番号です。このカードはメイン・コンピューター制御装置。これで、部屋の一切のセキュリティシステムを可動・停止することができます。
お送りしましょうか?」
最後の一言は明らかに付け足しだったが、ランドルフも遠慮なく迷惑げな顔をした。
「いや、結構。お互いに不愉快なドライブはしたくないだろう?」
「――。では、失礼します。お気をつけて」
二人はお互いに背をむけると、階段の上と下へ別れたが、ランドルフはホールを出る時に振り向いてクラウゼの名を呼んだ。クラウゼは足を止めて無言で振り返る。
「何か?」
「二年前の事故、あんたが仕掛けたんだろう?」
一瞬の沈黙のあと、淡々というよりも相手を凍りつかせるような声音が答えた。
「そうですよ。失敗しましたが…。貴方を甘く見ていたせいです」
「かわいくないな、あんたは。そこでウソでもつけば、もう少しあんたを好きになれるだろうけどな」
「嘘をついたところで、貴方の疑惑が深まるだけでしょう? それぐらいなら、真実を言った所でかわりないと思いますが?」
「あんたらしいよ」
ランドルフは会話に空しさを感じたのか、再び階上の男に背をむけたのだが、今度はクラウゼの方が一方的に話しかけた。
「ランドルフ・グラント、貴方はシャノンさまにとって危険な存在です。そして、私は貴方を好きではない。私はきっとまた、貴方を殺そうとしますよ」
「気をつけるよ。あんたも今度こそしくじらんようにな」
「そうします」
クラウゼのセリフを最後にして、二人は別れた。
シャノンは贅をつくした私室で、琥珀色の酒が入ったグラスを静かにかたむけていた。そこへクラウゼが入って来て、シャノンの前に立ち優雅な一礼をした。
「シャノンさま、私の言いたいことをおわかりですか?」
「わかっている。だから言うな」
ややわずらわしそうに、追い払う仕草にも似た手の振りをする。
「私にはそうは思えません。少なくとも、私の言わんとしているところの真意をわかろうとはなさっていませんよ」
「ランドルフはお前の言うように、確かに安全な奴とは言えない。私とて、会いたくなかったさ」
「ならば、なにゆえお側におかれるのです? 爆弾を抱えるのがお好きとは思えませんが…」
「なあ、クラウゼ」
シャノンはグラスをテーブルに置くと、母親に怒られた子供が母親の機嫌を取る時にする、媚びたような甘えたような目でクラウゼを見上げた。
「何ですか?」
「お前が私を護ってくれればいいじゃないか」
「ありがたいお言葉ですが、それは私をかいかぶりすぎていらっしゃいますよ。私とて、体が二つも三つもあるわけではないのですから…。もちろん、命を賭けてお護りしますが」
クラウゼは苦笑して、言葉を続けた。
「ただでさえ、貴方の廻りは危険が多いのですから、これ以上、自ら危険を招くようなことを慎んでいただきたいものです」
「ランドルフを敵にまわす方が危険が多いと思わんか? だから手もとにおいたまでのことだ」
「シャノンさま、貴方は意地悪ですよ。どちらにしても私の仕事が増えることに変わりはありませんからね」
クラウゼは思わずグチのような言葉を言って、顔をしかめる。だが、主人の方はそんな部下の反応に頓着していない様子で
「殺してしまうには惜しい腕を持った男だからな」
と言った。
「かと言って、貴方のお側で生かしておくのは危険だと言うのがおわかりなりませんか」
クラウゼも引かない。シャノンにおだてながら、それには決して乗らず、初志を変えない人間はシャトー広しといえど彼ぐらいだろう。
しかし、押し付けはしない。最終的に決断を下すのは総裁である主人であることをわきまえていた。
「お前が心配するような時のためにお前がいるんだよ、クラウゼ。劇薬だって使いようによっては良薬にもなる」
「良薬ね――。はいはい、わかりました。貴方は言いだされたら聞き分けがありませんから」
「悪いな……」
クラウゼは頭を横に振ると、溜め息をついてやわらかな苦笑をみせた。ランドルフを側に置こうが外に置こうが、危険が変わらぬのなら味方につけておいた方がよかろう。クラウゼ自身の目も届く。苦労が増えたのは、二年前、自分がランドルフを殺すのに失敗したせいなのだから、自業自得と思い改めた。
シャノンはゆったりとしたソファーに座り直して静かに微笑む。
「少し眠りたい。二時間たったらおこしてくれ」
「はい。お休みなさいませ」
「それからな…」
シャノンはそこまで言って言葉を切ったが、あとを続けなかった。ランドルフに関し て、もう二、三言いたげだったが、言ったところで仕方ないと思ったのか、無駄だと思ったのか、静かに目を閉じて黙り込んでしまった。
「いや…、何でもない」
クラウゼは穏やかに笑うと、部屋を出て行った。