二章 First Date 出会い2
それと同時にランドルフが立ち上がり、シャノンらがいる方向とは逆にむけてマシンガンを発射する。
「早く、あんたの主人の所へ行けっ!」
ランドルフがクラウゼに怒鳴るよりも早く、クラウゼはシャノンの身をかばい、もろともに古式ゆかしい祭壇の陰に身を投げた。
「一体、何ごとだ? ガルテルスの連中か?」
シャノンはかたわらで戦況を眺めているクラウゼに尋ねた。至って冷静である。
「わかりかねます。侵入者はガルテルスの人間を狙い撃ちしていますから…。それにランドルフはこの騒ぎを事前に知っていた様子です」
「ランドルフが? そういえば、あいつ、どこからあんなものを持ちだしたんだ?」
シャノンはそうつぶやいて、ランドルフは手にしている大型のマシンガンに目をやった。
入り乱れる恐怖の悲鳴の中、二人は銃を手にしているものの、異常なまでに冷静でのんびりと話を続けている。こんなことは日常茶飯事だと言わんばかりに。
その時エア・カーが祭壇に横付けし、そこからランドルフが二人に手を伸ばして引っぱり上げた。
「終ったぜ」
彼は一言そう言うと、ニッと笑ってみせた。既に三台のエア・カーが会場を後にせんとしている。それに続いて、ランドルフとシャノン達が乗ったエア・カーが会場を走り抜けた。視界をかすめたのは累々たる屍の山、血みどろの惨状。
最初の悲鳴が上がって、わずか二、三分のことだった。ランドルフは花嫁強奪ならぬ、花婿強奪をやってのけ、共犯者たちは疾風の如く姿を消したのである。
クラウゼもシャノンも特に取り乱した様子は微塵もなく、かと言ってドライブをリラックスして楽しんでいるわけでもなく、車内には言いようのない緊張感が漂っていた。
───と、突然、その沈黙を破るようにシャノンが笑い始めた。最初は声を押し殺し て、やがて、おかしくてたまらないといったように声をあげて笑った。クラウゼは少々困惑の色を瞳に浮かべながらも、沈黙したまま主人を見ている。
シャノンはひとしきり笑うと
「ガルテルスをプレゼントされてしまったな」
と言って、自信にあふれた魅惑的な目でランドルフを見た。それに応えるようにランドルフが不敵に笑う。
「誰がプレゼントすると言った?」
「それもそうだ。あくまでビジネスだな。で、何が望みだ?」
───沈黙。
クラウゼはランドルフが何を要求してくるのかと、若干神経質そうに答えを待っていたが、沈黙はランドルフがエア・カーを止めるまで続いた。
やがて、隣のシティに近い自然保護地区でエア・カーが止められ、三人は無言のまま外へ出た。ランドルフはぶらぶらと歩きながら、独り言のように話し始める。
「俺がやったのは、次の通り。シャトーからガルテルスへ入るすべての道の封鎖。手近にいた友人連中に頼んで、テロにみせかけた式場襲撃。そして、花嫁、花婿の強奪だ。もちろん、目撃者は全員殺された。あんたたちをのぞいてね。あのおっさんが、式に幹部クラスの殆どを出席させてくれたおかげで、ガルテルスをどうこうできるほどの奴は残っちゃいないよ」
「彼女は?」
「無事だ。だが二度とガルテルスには帰れない。もっとも、記憶操作をするから、自分がガルテルスの人間だったなんてことも忘れるだろうけどな。なに、ちゃんと人道的に彼女が人並みに幸せになれる生活保証つきだぜ。
そして、花婿どのの方は優秀な補佐官どのによってガルテルスに無事生還。テロのことと、拉致された空白の時間については、適当に情報を作ってくれ。お得意だろ? そういう筋書きさ」
「悪くない。そして、あるじを亡くしたガルテルスを私が治めるわけだな」
シャノンが愉快そうにそう言ったところで、ランドルフは片手でやすやすと花婿を抱き寄せ、唇を重ねた。
シャノンよりも驚愕したのはクラウゼだったが、感情に任せて銃に手をかけることはしなかった。
シャノンは無抵抗でこの無礼なキスを甘受していたが、体を開放されると全てを悟ったように、ブルーの目を細めた。しばらく無言でランドルフの顔を見ていたが、やがて乱れた髪を優雅なしぐさで掻き上げると、クラウゼに背を向けたまま
「明朝迎えに来い。それまでには奴の要求する報酬を払い終えておく」
と言った。
クラウゼは我が耳を疑った。一瞬、ランドルフをこの場で抹殺しようかという考えが脳裏をよぎったが、かろうじてその誘惑に勝つことができた。
今度はランドルフの方が信じられぬといった面持で、シャノンの端麗な顔をのぞき込み「あんた、俺が何を要求しているか、わかっているのかい?」
と言って、腰にまわしていた腕を少し緩めた。
動じた様子のないブルーの目がランドルフを見返してきたが、シャノンは何も答えなかった。
そのかわりに、鈍い光を放つ銃口がゆっくりとランドルフの顔に向けられたのである。
クラウゼが一瞬のスキも逃さず、ランドルフの背後を取る。
シャノンの唇の両端がつりあがり、凄絶なまでに美しく、冷たい微笑が浮かんだ。
「下卑た報酬を要求するからだぞ。愚か者めが…」
「まいったね。が、俺の要求したものを正しくわかってくれていたようで嬉しいよ」
ランドルフは苦笑すると両手を静かに上げた。クラウゼがランドルフの腰のホルスターをはずし、大ざっぱなボディチェックをする。この男から全ての武器を奪うなど、しょせん無理なことと承知しているらしい。
「なあ、聞いていいか?」
ランドルフは両手を頭の後ろで組まされたまま、少しも緊張感のない声でシャノンに話しかけた。
「あんたは結婚式の当日にまで銃を持っているのか?それも式の主役の花婿が」
「いつ、今日のようなことが我が身に起こっても不思議ではないからな。ま、気安めにすぎんが…」
ランドルフは「その調子じゃ、初夜のベッドにも持ち込みかねんな」というセリフを飲み込んで
「なるほどね」
という相槌にとどめた。
「銃口をつきつけて、お前から武器を取り上げたところで、たいして役にたたぬのと同じだ。何故抵抗しない? おとなしすぎて気味が悪い」
「クラウゼにはともかく、あんたには嫌われたくないからさ」
「あいにく、私はお前のような人間は好きではない」
「それなら尚更、それ以上嫌われないためにいい子でいるよ」
ランドルフは冗談めいた口調でそう言うと、楽しげに目を細めた。
そこにクラウゼが口をはさむ。
「シャノンさま、どうなさいますか? このままおとなしくしているとは思えませんが」
シャノンはランドルフの顔を見たまま、即答しなかったが、やがてはっきりとした口調で
「雇う」
と言った。ランドルフも少し驚いたように見えたが、目を伏せると
「やるね」
とつぶやいて、嬉しそうに笑った。
クラウゼが厳しく制止しようとする。
「賢い決断とは思えません。同意いたしかねます。この場で始末なさいませ」
しかしシャノンはゆずらず、それどころかランドルフに向けていた銃をおろして、車のボンネットに腰かけた。
「撃つなよ、クラウゼ」
シャノンにそう言われ、クラウゼはトリッガーの指の力を緩めたものの、銃口はランドルフからそらさない。
シャノンはクラウゼにチラッと視線を走らせたが、すぐにランドルフに向け、早速ビジネスに入った。
「さて…、仕事だが、ガルテルスの行政管理局を知っているか?」
「ああ、行ったことはないがね。それがどうかしたか?」
「そこを襲撃してもらいたい。できるなら、跡形もなく潰して欲しいぐらいだ」
シャノンは、まるで隣に行って、電話をかけてきてくれというのと同じくらいの調子でサラリと言った。
そして同様のランドルフ。
「もったいない話だが…。管理局にはほかのシティの資料が山とそろっているそうじゃないか。それも、どのシティにおいてもトップ・シークレットレベルの情報が。そのディスクはいらないのか?」
「いらぬ。既に入手済みだ。どのシティも喉から手が出るほど欲しがるだろうな」
シャノンはそう言うと、ニッと笑ってみせた。
「なるほどね。あんたが消したいのはシャトーのことか?」
「当たらずとも、遠からずだな。それも目的の一つと言ってよかろう。本来なら、内側から工作しようと思っていたのだが、今ではその必要もなくなった。逆に、管理局自体が不要な存在だ。特に新政権にとってな。データバンクの争奪戦など馬鹿げている」
本来ならばその争奪戦に加わっていたであろう組織の総裁は、まるで興味のない他人ごとのように説明する。ランドルフは面白そうに目を細めた。
「それは、そのディスクを持っているからこそできる発言だぞ。しかし、よくコピーを取っておいたな。こうなることを見越していたようじゃないか」
「用心に用心を重ね、そして先手必勝かな?
べつに式場から連れ去られることを予想していたわけじゃない。お前の仕事がうまくいったら十万クレジット払おう。どうだ?」
「OK。いつ実行だ?」
「望ましいのは、このテロ事件冷めやらぬうち…、明朝ぐらいまでなのだが、できるか?」
「やるよ」
シャノンはその答えに満足そうに笑うと、クラウゼの取り上げたホルスターを返してやった。ランドルフは肩をすくめて少し笑ったが、親指でグイッと後ろを指すと
「この銃を…おろすように言ってくれないか? いくら俺でもあまり気分のいいものじゃないんでね」
と言った。なるほど、クラウゼが手にしている銃は依然としてランドルフにつきつけられている。シャノンが命ずると、クラウゼは渋々それに応じた。
「ガルテルスの標準時で明朝五時三十分、この場所にクラウゼを待機させておく。彼が市外まで送ってくれるから、後はそのエア・カーを使って逃げるといい。報酬はそのときに渡す」
「車さえ用意してもらえれば、うまく逃げるぜ。俺はクラウゼとドライブなどしたくないからな」
「ああ、確かにお前なら逃げられるだろうよ。しかし、どうせ出ていくなら後ろに気を使わず出ていきたかろう? ガルテルスとシャトーの私設軍隊とSPに追われたいか?」
「どうして、シャトーまで出てくるんだ?」
ランドルフは真剣にわけがわからない様子で聞き返した。
「お前が式場から、誰を連れ去ったのか考えてみるんだな」
シャノンは冷たい口調で言ってのけ、クラウゼは何も言いこそしなかったが、馬鹿をみるような目でランドルフを見ている。
一方、ランドルフはシャノンにそうまで言われても、『クラウゼのお見送り』を辞退した。シャノンは苦笑しつつ
「そうまで言うならよかろう。車と金を用意しておく。運転手なしでな」
と言って、式場から乗せられてきたエア・カーに乗り込み、続いてクラウゼが乗った。
モーター音がして車体が浮く。そのまま走り去るかのように見えたが、シャノンが防弾ガラスのパワーウインドーを下げ、鮮やかな微笑をのぞかせた。
「二度と私たちの前には現われない方がいい。特にクラウゼのな。今度は殺されるぞ」
「ご忠告、キモに命じておくよ。じゃあな、べっぴんさん」
ランドルフは名残惜しそうな笑みを浮かべると、手をヒラヒラさせてエア・カーを見送り、車の姿が見えなくなると、大きなあくびと伸びをした。そして、鼻歌まじりにゆったりとした足取りで、ガルテルスの中央を目指して歩き出す。どこから見ても、緊張感のかけらもない。脳天気とも言えそうな明るさが、彼の性格を如実に物語っていた。