一章 Meet Again 再会1

2019年10月01日

「俺の最後の賭けだ。オーナーと手合わせ願いたい。額が額だからな」
男はそう言うと、わずか一夜でかせいだ二千万クレジットのチップの前に腰をおろし て、マネージャーらしき男に自信たっぷりな笑いを投げた。

ここは高層ビルの作る不夜城の一角にある私営カジノ。
完全な会員制で、一般者はカジノの存在すら知らないのが現実だ。ここに入るには有力な関係者の紹介なくしてはありえず、メンバーズになるには安いとは言えない金を必要とする。
が、ある夜、見慣れぬ男が、いや、それ以前にこういった場所にはおよそ不似合いな男が、某組織の幹部クラスからの紹介状を手に単身乗り込んできた。実際は、フラリと入り込んだという形容が似合うだろう。
入店当初、モニターカメラ以外は誰も男に関心を向けなかったのだが、今やその場に居合せた者のすべてが、男の勝負の観客となっていた。
そんな観客の中の幾人かは、その男に何らかの不審感を抱いていたかもしれない。しかし誰が、二年前に死んだ男がここに座っていると言えるだろう。
他人の空似であると自分に思い込ませる方が、はるかに心地よかった。また、それほど、その男のことを知っている訳でもなかったからだ。
男は光の具合でかろうじてグリーンとわかる暗褐色の瞳で、自分を監視しているカメラにむかって、大胆にも不適に笑ってみせた。
その笑いが、モニター室にひかえている連中の神経を逆撫でうるのに十分であることを承知しているかのように…。

モニター室と奥の部屋を仕切っている、重そうな深紅のベルベットのカーテンが静かに両脇に寄せられ、金糸の髪をした青年が現われた。
整った美貌にはめこまれた双眸は、南洋の海を思わせるブルーだが、その瞳にたたえられた光はあまりにも冷ややかで、情熱などと言う言葉からはおよそ遠かった。
一瞬、金縛りにあったように青年を見ていた連中は、全員があわてて彼から目をそらせ、おのおの違うところへ視線を走らせる。そんな彼等を青年は強烈な冷たさを瞳にたたえて一瞥した。
「無能な連中がそろったものだな」
彼は静かにそうつぶやいて、モニタービジョンに映る男を見やる。と、そこへタイミングをはかったように慌てふためいたマネージャーが飛び込んできた。
「シャノンさま…」
半ば蒼白にも近い表情で二の句がつげないマネージャーを見て、シャノンと呼ばれた青年はわずかに目を細め、腹立たしげに言った。
「この男が誰か知らぬわけでもなかろうに。入店を許可したお前の、いや、お前たちのミスだぞ。何のためのモニタールームだ?」
「は、申しわけございません…」
「詫びるだけなら、小さな子供でもできる」
シャノンは畏縮しているマネージャーを横目に、もう一度画面に映った男に目をやる と、今度は溜め息をついた。
マネージャーを始めとし、モニター室の連中が、一部の客のように男を記憶にある人物とは別人であると思い込まねば、自分より若い青年に叱責されることもなかったろうが、彼等は故意に、別人であると自らに言い聞かせた。
しかし、男は記憶の中で『死んだ』はずである張本人であった。つまり、何らかの理由で、死んではいなかったのである。
「こうなってしまっては、もうお前たちの手には負えまい。奴の望みどおり、私がケリをつける。できるものなら、二度と会いたくない男だったがな」
「しかし、奴は…、ランドルフは二年前の事故で死んだはずではなかったのですか」
その場にいた一人が、男を入店せてしまった原因…、記憶にある人物とは別人であであると扱った理由を口にしたものの、それは、シャノンのより一層強い不興をかうことになった。
「私に賭けの始末をさせるだけでなく、『不死身のランドルフ』と呼ばれる所以を講義しろというのか、お前は」
彼はそう言い捨てると、身をひるがえしてモニター室を出て行った。そのあとをボディガードの二人が追う。

シャノンは男の待つテーブルの前に立つと心のこもらぬ笑釈をした。
「今晩は。お待たせしました。私が当カジノのオーナーです」
そこに居合せた客は、初めて見るオーナーが、ある巨大な組織の総裁であることに驚 き、それを知らぬ者は彼の若さに驚き、そしてまたあるものは彼の美貌に目を奪われた。
とりあえず、あまたの視線がシャノンに釘付になったのは確かだ。
『不死身のランドルフ』と評される男は、貴公子のようなシャノンを見て、口許に笑みを浮かべた。
その笑みは決して好意的なものでも、憎悪するようなものでもない。あえて言うなら、どこか懐かしげな笑みだった。
シャノンが事務的に話を続ける。
「貴方は本当にその金額をお賭けになるおつもりなのですか?」
「くどい。俺が決めたことだ」
男は何の迷いもない口調で、きっぱりと答える。
「わかりました。で、方法は?」
「ルーレットがいい」
シャノンは黙って頷いたが、思い出したように
「貴方のお名前をうかがっておきたいのですが?」
と言うと、男は眉をあげて笑い、肩をすくめた。
「名前ね…。さしあたってはゾンビかな? 少なくともここにいる客にとっちゃそうだろう?」
彼は楽しそうに笑ったが、シャノンは表情を動かさない。
客の一部がざわめく。
シャノンは目を伏せると
「では、こちらへ…」
と、奥の特別室に男を案内した。
その場にいた客たちは大勝負を見逃して不服そうだったが、店内の大型ビジョンには音声をカットされた映像が中継されたので、幾人かは、それに目をやった。
美人のディーラーが、オーナーの姿を見て目礼する。
シャノンと『不死身のランドル フ、自称ゾンビは、向かい合って背もたれの高い椅子に腰をおろした。
「ルージュかノワールかでいい」
男はぶっきらぼうにそう言うと、煙草をくわえて火をつけた。
「ディーラーが玉を落としてから、賭けたいのだがね」
「結構ですよ。それで、私は何を賭ければよろしいのですか?」
シャノンは獲物を狙う猫科の動物のようにスキのない目を細め、白いスーツの胸ポケットにさしてあった、鮮やかなピンク花をなおした。
「俺が負けたら、あんたの気のすむようにすればいい。が、勝った時は俺がクリスタリアに入る手筈を整えてもらいたい」

「ほう…。私の組織がクリスタリアと敵対しているのを承知でおっしゃるのか」
「そうだ」
「……相変わらず、妙な人だ」
シャノンは半ば苦笑すると、ディーラーにルーレットを回すように言い、玉がカラカラと乾いた音を立てるのを聞いてから、男に「賭けるのはどちらです?」と尋ねた。
男は短く
「ノワール」
と、答え、煙草をふかしながらルーレットよりもシャノンの顔をみつめている。シャノンはそれを無機質なブルーの瞳で平然と見返す。
お互いが初対面でないことは明らかだったが、旧知の友というほどの温かみもない。
数十秒後、沈黙の中で銀の玉が乾いた音を残して静止した。
ルージュの2。
シャノンが無言でルーレットに目をやると、男はようやくシャノンから視線をずらし、煙草を消して笑った。二千万クレジットを棒に振った者の笑顔などあるのだろうか。
あきらめや、力ない笑みではない。心底、嬉しそうに笑っている。
「俺にはツキがなかったな。さて、どうする?」
「貴方がお賭けになった二千万クレジットで、私のもとで働いていただきたい」
シャノンのセリフに、ランドルフの方が驚いた表情になる。
「あんたも物好きだな。俺が金だけを持ち逃げしたらどうする?」
「私が自分の力を過信していた故の失敗ですか…。さて、どうしましょう?」
今度はシャノンが聞き返す。
そして、ようやく事務的で、慇懃無礼な笑いと口調をやめた。
「その時は二千万クレジットを落としたとでも思うかな。私はお前のように危険な奴を監視しておきたいだけだ。

不本意ながら、お前の腕だけは高くかっているゆえ、そんな奴が敵にまわってウロウロされたくない。それはできるだけ避けたいからな」
「随分な言われかただが…。あんたに言われるなら喜ぶべきなのかな?」
「相も変わらずめでたい性格だな。私はお前のそういうところが好かぬ」
シャノンは呆れたようにそう言うと、小切手帳にサインをして男に差し出した。
「そいつぁ、どうも。しかし、こう言っちゃ何だが、あんたの部下は…、少なくともここのカジノにいる連中は間抜けのあほう共が揃っているようだな」
「私も同感だ。趣味でやっているとはいえ、人選が甘過ぎた。お前のような奴の入店を許可するような連中だからな」
男は黙って頷きながら、小切手をろくに確かめもせず無造作に胸ポケットにねじ込む と、ひたいにかかる黒髪を長い指で掻き上げて満足そうに笑った。
「この賭けは結局、俺が勝った…、というより、得したな」
「そう思うか?」
「ああ。掛値なしでそう思うね。俺はあんたの顔見たさにここへ来たんだ」
「なんだと?」
シャノンは険しい目付きで男を見ると、少々腹立たしげにそう言った。
「最初からそう言って来ると、今みたいに怒鳴られるだろうからさ。だから、わざわざカジノを通した。クリスタリアに入り込みたいなど、口実も甚だしい」
シャノンは馬鹿をみるような目で
「私に会う金が二千万クレジットか」
と言った。二千万クレジットあれば、超豪華な家具調度をそなえた豪邸が二件は建てられる上に、残りで精鋭揃いの私設軍隊を組織しうるに十分すぎるほどの金である。
しかし、男は
「俺にとっちゃ、高くないぜ」
と、しれっと言ってのけた。シャノンはなおもいぶかしげな表情だ。
「そう思うのは勝手だがな、フリーの狙撃手が売り物の…、いや、自由でいることを一番好むお前は、賭けに負けたことによって、それを失ったんだぞ。我が組織の一員にされたのも同然だ。どこにメリットがある?」
「あんたが好きだからさ。今の俺の自由はあんたにある。あんたのもとにあるのさ。俺はあんたの望むことなら何でもしてやりたいが、組織のためというのはまっぴらだ」

シャノンはしばし男の顔を見ていたが、苦笑混じりの溜め息をついた。

「ならば、せいぜい私用でこきつかってやろう」
「ありがたき幸せだな。
しかし正直なところ、あんた達は俺の顔はおろか、名前すら聞きたくなかったんだろう? 少なくとも、歓迎はされないはずだ」
「わかっているならいい」
シャノンは唇の両端を上げて微笑むと、立ち上がった。それに続いて男も席を立つ。
「俺を雇ったのはそれなりのワケありか…」
彼は独り言のようにつぶやくと、華奢な青年のあとに従った。

 

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  • 筆者
    そにあ
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